ヒエロニムス・ボス。
彼女のおすすめ。図説の入門書を図書館で借りました。
15世紀から16世紀にかけての、ネーデルランドの画家で、一応メインは宗教画、祭壇画のようなのですが、どうにも皮肉めいた風刺画の様にもとれます。
いやむしろ、宗教画、祭壇画のフォーマットを借りた風刺画と言って良いかもしれません。
なかなか皮肉に満ちた面白い発想の画家です。いやさ、本当に皮肉に満ちています。
初期作品と言われる、七つの大罪の机絵は基本に忠実な宗教画の様に見えます。しかし、それぞれの大罪を象徴するモチーフ、(高慢孔雀、憤怒熊、嫉妬七面鳥、貪欲蛙、大食豚、怠惰驢馬、好色鶏)が書き添えられていません。その代わり、当時の生活の風景を描きそれにより大罪を表現しています。これは、安直に逃げなかったというべきか、人間に向き合ったというべきか、創意というべきか、溢れ出るシニカルというべきか。確かに、豚を描かれるよりは、体格の良いおじさんが山盛りの肉を食べている方が直感的に大食を連想させます。それと、怠惰のモチーフにキリスト僧を持ってくるあたり、教会へのアンチテーゼみたいなもの、少なくとも個々の教会の神父の横暴みたいなものについて腹に据えかねる体験があったのかもしれません。あ、これは、完全に私の邪推です。
ボスの作品で有名なのが宗教的な三連画(トリプティック)。 乾草車、快楽の園が挙げられます。
基本、左エデン、中央現世、右審判、地獄、で構成されます。
乾草車の中央上部には神は見ておられますが配置され教訓的です。下部の現世は諍いに満ちていますが。
悦楽の園の中央は山田五郎氏いわく、キリスト教アダム派の教義を表したものだと言います。ストンと腑に落ちる説明です。左のエデンもヘビに知恵の実を食べさせられることはなく、アダム派仕様に書かれています。で、結局右は地獄。
カトリックのフェリペ2世のコレクションに悦楽の園があったということで、アダム派の祭壇画としての性格は否定されているようですが、ここはボスの皮肉が全開でまるまるアダム派に喧嘩を売っている、もしくはバカにしているんじゃないのかなと私は思います。それなら、フェリペ2世もご満悦の可能性が大いにある。
それにしても、ボスの描く珍妙な小物類。魚に人間の足が生えた魚人、体内が酒場になっている樹木人間、人間の頭部に足が生えた異形、バカでかいナイフなど当時の発想としても突飛がすぎると思われます。ふつうに世間のいざこざ、不条理、醜きものは写実的に描いていると思うのですけれど、それを越える表現なのか、薄めるためかは、私にはわかりません。その発想力がボスの魅力のひとつなのでしょう。
私としては、伝統的な技法を踏襲しつつ、自分の表現方法として、世間を見つめているのだけれどその視点がやけにシニカルで、ねじまがった森の賢者の様に感じられます。その毒のようなものが、癖になりますね。絵柄とのミスマッチというか、相乗効果というか。
正直、ガツンとくるタイプではありませんでしたが、面白い画家だなとおもいます。
最後に、ボスが見ていたのではないかとおもわれる文献をいくつか挙げておきます。
・トンダロ幻想(トゥルクダヌスの幻視)
:12世紀のアイルランドの修道士が見た幻視。天使に連れられ地獄めぐり。実地体験もあり。まるで神曲?
・痴愚神礼賛 エラスムス
:カトリックの腐敗を風刺した文学。宗教批判というよりは度を越したコメディという評価もある。
・黄金伝説(レゲンダ・アウレア)ヤコボス・ウェラネギ
:聖人伝の異名があるキリスト教の聖人列伝。
痴愚神礼賛は一度読んでみたいですね。

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