印刷博物館
聞いたこともなかった施設、印刷博物館に行ってみませんかと、お誘いを受けます。何処にあるのか、何なのかもわかりません。ですが、折角のお誘いです。行くことは確定、ノリノリです。
色々調べてみますと、水道橋近く、神田川のほとりの凸版印刷の敷地内にそれはありました。ていうか、凸版印刷の本社と凸版ホールの中にある博物館なのですね。
明らかに、オフィス、文化ホールのような佇まい、全くそのままのことを申し上げていますが、建築物にもステレオタイプってあるんでしょうか。
少々の気後れを感じますが、地下の駐車場に入っていきます。天井が高い。スペースも広い。なんだか要塞みたいです。天井が高くコンクリがむき出してある感じは共産主義の遺産のようなイメージを持ちます。なんというかスケール感がバグるというか。圧倒されるというよりは、キョドキョドしてしまう感じでしょうか。
常設展と企画展(黒の芸術)の混合チケットで中に入ります。印刷のことが色々と⋯⋯と思っていましたら、最初に展示してあるのは洞窟壁画のレプリカ。ラスコーかアルタミラかはわかりません。お隣にはロゼッタストーン、ハムラビ法典、亀甲占術に使われた亀の頭、百万塔の中身などなど世界の有名な文字、絵画の黎明に関わるレプリカがごろごろと展示されています。ロマンの塊です。アステカの石碑をレプリカなれど質量のある状態で見られるなんて素敵な体験です。
申し訳ないことに、順路に沿って印刷や活字の展示に移っていくほどに、私は冷静に冷めていきます。そういえば、本当のいの一番に展示してあったのは西欧の凸版印刷機でした。すっかり失念していました。
印刷の定義については、捉え方次第だとは思いますが、手書きの写しも一応カウントされているのかなと。結果はいっしょでも、効率の問題とも言えましょうし。ただ思ったよりも、複製の効率化は早い年代に行われ始めていて、やはりそれは創意工夫の塊です。そして、量産という概念が世に何かを広めるには必要なんですな。
展示は年代順に追っていけるようになっていて、館内の雰囲気も程よい光量で、気持ち良いのに意識されない、よそ行きなのに緊張しない空間で時間を忘れます。
途中、京極夏彦のあの分厚い単行本や文庫本の展示があり、もしかしてこれが見たくて誘われたんじゃなかろうかと、多少の勘繰りをいたします。
あれだけ分厚い作品ともなると、当たり前に分冊すると思いきや、辞書みたいな厚さで、更に予算がつくのか、遊び心も満載で紙の本の楽しみ方のいくつかが盛り込まれているようでした。剥がれた時の保険のキャラ印刷、古書という体のざら紙の使用、かと思えば辞書並みに薄い紙を使ったり。真面目なんだかふざけてんだか。著者本人とは関係ないところかもしれませんが、また読みたくなったのは間違いない。
この後は企画展、黒の芸術。凸版印刷黎明期の機械のこと、それにより何が普及したか、そしてそこで使われた書体がアイデンティティをもった、といったことが語られています。
あの、読みづらいだけの書体にも歴史と意味があったのですね。聖書なり物語などが印刷されたとき、署名の他にもフォントが指紋の代わりになったのか?そんなことはないか。
なんだかんだで2時間半、館内をウロウロしまして、すっかり満喫してしまっています。休憩が必要ですし、お昼にも良い時間です。字面の印象が地味な印刷博物館。ふつうに楽しめました。
2階に上がるとCafeや食堂があるらしく、エスカレータを上り訪ねてみます。
しかし、Cafeにはcloseの文字が。量産型ではありますが、ちょっとおしゃれにイタリックなフォントのcloseが。食堂の方もとても営業しているようには見えません。確かめてみると、営業日は平日のみ。社食だ、これは。とすれば、土日の閉業は納得です。納得はいたしますが、いわゆる社食探訪としての興味は宙に浮いてしまい、後ろ髪が引かれる感じではありました。
そんなことより、ランチを求めて旅にでましょう。気持ち無口になってきた。

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