どうにももやもやします。
あとはひたすら家路を急ぎます。国道4号線が新しくつけ変わって、覚えている道路が旧4号線になっていて交通量が減り。走りやすくなっていました。中尊寺の辺りは変わりませんね。懐かしく思います。
せっかく帰省したのに、須川岳のヒルクライムができないなんて。
しかし、先の台風の影響か、とにかく山の天気が読めません。濡れる覚悟で出かければいいのですが、その後のメンテなどを考えるとどうしても二の足を踏んでしまいます。代価にうだうだとGoogleマップを眺めていますと、須川岳に行く途中に祭畤から焼け石ホットラインで胆沢ダム(奥州湖)に行けるルートかあるらしい。さらに、サイフォンを使った円形用水路が近くにあるという。これはぜひ見学に行きたいところです。ムクムクとやる気が出てきました。
![]() |
| 晴天 |
![]() |
| ブルーベリードリンク |
![]() |
| 骨寺村荘園交流館 |
昼過ぎに家を出て国道342号線、通称厳美街道を走ります。やっと今日は気持ちの良い晴天です。これを待っていました。
暑いことは暑いですが、気持ちの良いサイクリングです。予報では夕方ににわか雨が降るそうですがその時はその時、濡れましょう。
厳美渓の道の駅をスタートし、須川方面に登っていきます。Googleマップでスポットを巡りながら胆沢ダムまで行ってまた道の駅に戻るルートも引いてみましたが、今日は胆沢ダムからは直帰の予定。春秋の涼しい内ならば、そんなルートも無理なく楽しめましょう。紅葉もいいでしょうね。
(116km)
さて、厳美街道沿いには道の駅を始めちょっとしたスポットが点在します。博物館、カフェ、ジェラート、ブルーベリー、お蕎麦などなど。今回は世界遺産登録にちなんでできたらしい骨寺村荘園交流館を訪ねます。まあその、私のサイクリングは移動が主目的になっていますので本当に訪ねるだけになってしまうのですけれど。家族に聞いてみますと、こじんまりとしたきれいな施設であるとのこと。簡単な補給には十分でしょう。
実際に行ってみますと、道路から見たイメージとは違って、敷地が広いこと。レンタサイクルもあり、ここを拠点にして施設周辺の骨寺村の荘園跡をまったり巡るのが良いように思われます。私は映像の上映は時間の関係でパスしましたが荘園の来歴の展示を拝見して、近隣の農家さんが頑張っているブルーベリーのドリンクを頂いてさらなる山登りに向かいます。
![]() |
| 磐井川 |
![]() |
| 矢櫃ダム |
![]() |
| 震災モニュメント |
![]() |
| 焼石ホットラインの上り(直線的?) |
![]() |
| 奥州市境 |
矢櫃ダム、山王山を通り過ぎ、震災モニュメントのところから焼石ホットラインに分岐し奥州市は胆沢ダムを目指します。ここから斜度が上がり、ヒルクライム感を醸します。
奥羽山脈の稜線を橋で繋いだ感じのこの道は、つづら折りの山道という感じではなく、直線に近いです。山の景色もいいですが、渓谷部分も絶景です。何分私は登坂時には余裕がなく、ともすればニルヴァーナに行っていますし、下りに入ればノンストップゆえじっくりと景色を楽しんだかと言われれば疑問符もつきましょうが、広く整備され両端に季節の花がチラホラと咲く気持ちの良い道は車でも自転車でも楽しい道行きでありましょう。
奥州市との境で下りになり、あとは楽しく、胆沢ダムまで行けるかと思いましたら、国道397号線に出るまでにもう一登りする羽目になりました。こちらは旧態然としたつづら折り。そこに、キャンプ場、つぶ沼、焼石連峰の登山口があり、私は方向感を失いました。
![]() |
| 胆沢ダム上流部 |
![]() |
| 石淵ひろば ラジアルゲート |
![]() |
| 胆沢ダム管理所から眺める |
![]() |
| ダムから奥州市街方面を望む |
やっと、国道397号線に出て欧州市方面に向かうと程なくダムに到着します。胆沢ダムの手前に石淵ダムの跡地がちょっとした広場として記念に残されています。胆沢ダムは石淵ダムの下流に石淵ダムを飲み込むように作られています。ダムのマトリョーシュカや。渇水時には旧石淵ダムの堰堤が湖面に現れるそうで、これもなかなかのレアな景観のように思います。ああ、今日は見れませんでしたが。静かな濃い青色の湖面が広がっていただけです。
この広場には石淵ダムで使われていたラジアルゲートがモニュメントとして飾られています。数メートルはあろうかというこの扇型のゲートが途方もない量の水を防いでいたのかと思うと実に勇壮に目に映ります。ゲートを弧にすることで、荷重を分散させる構造、合理主義とロマンの両方を感じますね。
胆沢ダムに着きますと、普通にサイクルラックが設置してありました。地元のサイクリストも訪れるのでありましょう。管理事務所内にはダム自体の解説、周辺の生き物の説明展示があり、それだけでも結構面白い。たまにヤマセミも来るのですって、マジか。
堰提の天端を橋から端まで歩いてみました。特に野鳥などはいませんでしたが、それよりもとかく距離が長く延々と歩く羽目に。これは自転車の距離じゃないか?歩きながら下流の胆沢の扇状地を眺めても、上流の湖面を眺めても、左右の焼石の山を、そこにかかる国道の橋を眺めても良いものなのですけれど、もっとのんびりした気持ちで来ないと行けないなと反省もします。キリキリのサイクリング中で体力的にも私の余裕がないのが一番いけません。ちなみに、天端の果てには謎の洞窟があります。
管理事務所に戻って、今まで避けに避けてきたダムカードをいただきます。先の栗駒ダムの影響もあったのかなんとなくもらってしまいました。絶対に蒐集癖に火がつかないようにしなければいけないと心に誓います。何かのついでに楽しむ程度にしないと苦行が待っているはずです。
![]() |
| 円筒分水工 |
やっとここからが後半戦、円筒分水工を見学しに行きます。場所は徳水園、円筒分水アクアパーク。ほぼほぼ直線の国道を下るだけで円筒分水工にたどり着くはずです。が、たしかに緩やかな下り勾配のこの道は、緩やかすぎて向かい風の影響をもろに受け、結構しっかりとこがないとスピードが維持できません。これは大誤算でありました。というか、視覚的にはもっと楽なはずなのにと脳がバグりそうになります。違和感。坂道なのに缶が上に転がっていくあべこべ坂という恐怖スポットを思い出します。そういえば最近話題に上がりませんね、あべこべ坂。世界の不思議やオーパーツの謎解きも盛んに行われている昨今ですからね。錆びない鉄柱ぅ。
円筒分水工のある公園は、胆沢の観光案内所の向かいにありました。下りなのに長く感じましたよ。扇状地の緩傾斜に頭がついていきませんでしたね。
さて円筒分水工、思った以上に大きく水量が多いことに驚きます。直径で7〜8mはあるでしょうか。中心から湧き上がった水がまずは円形に流れ落ちそこから2箇所の水門に等しく流れていきます。等しくというのがポイントで、用水めぐる争いを治めるためにこの形になったと言われています。なるほど、つい一昔、いや今でも用水の確保は農業の命綱です。そこに諍いが起きるのは否めませんし、台風なのに川や用水路を見に行くのも納得の行くお話であります。ところで、水争いを円筒分水で争い解決できるのは、地表では水流が偏らなくなること、サイフォン部分が地下になることでアンタッチャブルになるので恣意的に操作できないことによるのでしょうね。
辺りを散策してみますと、円筒分水工の周りは親水公園のようになっていて憩いの場になっているようです。しばらくするとぞろぞろと人が集まってきます。何事?
私は水源が気になって、上流の寿安堰を見に行くべくいま来た道を戻ろうとしたところ、ぶわっしゃあぁと水柱が円筒分水工から上がります!?これも7mぐらいの水柱。なになに!?
どうやら、時報代わりかは知りませんが、特定の時間になると噴水が上がることになっているようです。みなさんこれを見に来ていたのか。納得です。いや、びっくりしました。
ところでこの円筒分水の原理はサイフォンというか逆サイフォンよなと思います。
ただ呑口と吐口の高低差がそんなにあるようには見えないのがちょっと不思議。何にせよ、非日常的な遺跡とかスポメニック、ストーンサークルを見たようなちょっと不思議な気分に浸ることができました。ちなみに円筒分水工が完成したのは昭和32年。
![]() |
| 寿安堰(現) |
さて、あぜ道を通って、たどり着いた寿安堰はここの時点でかなりの水量があります。多分これは改修されたもので、旧寿安堰は役目を終え、あぜ道の反対側に面影を残すのみとなっていました。いや、戻しの水路か?昔からこの水量だったらもしかして喧嘩してないかもしれません。
ふと、寿安堰のところにパンフレットのようなものがおいてあります。見ると、胆沢平野土地改良区主催の水土里(みどり)の皆廊2024という名のウォークラリーの案内でした。年号が入っているということは毎年やっているのか。この辺りの灌漑遺跡を巡る案内になっているようです。とりあえず私は第二チェックポイント寿安堰クリアですね。第一は円筒分水工。この手のものに無条件に熱くなりがちな性質なのですが、今日はさすがに回れません。なぜなら全部回ろうと思ったら、また胆沢ダムまで戻らなければならないから。さすがにそんな元気はない。7か所あるチェックポイントのうち7番、蛸の手分水工はこれも円筒分水になっているらしく、とても興味をそそりますが無理して寄りません。手なりで帰るぞ手なりで。
ちゃんと、勘に従い自宅に向かい走ります。途中、逆さ堰農村公園と、 水土里の皆廊 2024の5番芦名堰に通りすがり、律義に立ち寄ります。
逆さ堰はなぜか西側(山側)に流れる堰で、微妙な地形の妙といえるものでしょう。各地にある逆川的なものですね。今では稼働していないようでしたが、縮小版の模型が展示してありこれも水路を一度逆サイフォンで地下を通して沸き上がりを左右に平等分配するという仕組みでした。これは、この辺りの地区の当時の流行なのでしょうか?これも平等性の担保?
芦名堰のほうは舗装路をはずれ、あぜ道の奥の奥の森の中。どこの洞窟をどう越えてきたのかと疑問に思います、この水路。説明によると、伏越、トンネル、掛樋などを駆使して導水してあり、その出口がここ。開削の苦労がしのばれます。現在手入れをされている方々の苦労も。
![]() |
| 塩タブレットが主食では甘いものが欲しくなり |
![]() |
| 中尊寺 |
ほかにも、巨人の星的な絵が壁に書いてあるドライブインの建物も健在でした。平泉方面も相当久しぶりです。
さあ、夕立がくる前に帰りましょう。



















コメント
コメントを投稿