見沼船通堀

 見沼通船堀。実は緑のヘルシーロードに行く度、芝川サイクリングロードを通る度、何度も通っていたわけなのだけれども、全くそれとして意識しておらずただの用水路という認識でしかなかった。

 意識しないと認知できないという人体の神秘はさておいて、今日はちゃんと見物しましょう。

 見沼代用水の西縁、東縁と芝川の最短距離の区間だけあって通船堀は短くあっという間に終わります。が、その仕組は当時の技術の最先端でありましょう。
 精巧な模型が展示されていますが、アクリル板が大自然の力により濁ってしまってよくわかりません。
 ですが、再現された閘門は見事です。いわゆる水閘で鳥居柱と呼ばれる両端の柱に角落という板を落として堰の代わりにして、見沼代用水と芝川との間を船が通れるようにします。芝川のほうが3mぐらい低いらしい。
見沼代用水東縁と見沼通船堀の分岐点
後ろの森の向こうに木曽呂の富士塚がある
通船堀東側
通船堀全体像レプリカ
 程なく芝川に到着。本当に近い。ここは芝川サイクリングロードの終点、第一調整池に入っていくあたり。
 これもスルーしていたのだが、八丁堤の解説版が設置してある。
 1629年に八丁堤が伊奈さんにより完成。どでかい見沼ができ溜井として下流域を潤す。所謂、自然の河川に堰を作って溜池を作る関東流。溜池、堤防による治水、灌漑。しかし、時を経て見沼に土砂が堆積し、貯水能力が下がり水害も頻発。
 そして約100年後の1727年、井沢さんが八丁堤を破って、さらに利根川から用水をひき芝川を排水路につなげて見沼を干拓したと。こちらは紀州流。










 見沼通船堀西側の芝川合流点は草木が生い茂る。少し用水側に進むと整備された水路になる。これは用水と河川の管轄の違い?
 途中、鈴木家(通船堀の造成に協力した地元の有力者?)の蔵が資料館として開放されている。灌漑の説明や船の1/2レプリカなどが飾ってある。


 

 通船堀西側は右岸が見沼通船堀公園として整備されており、そこには見事な竹林があった。通船堀も含めて非常に涼しげな印象を受ける。
 今日の目的はこれで終わり。固形の食べ物を全然食べていなかったので少々ノック気味。セブンイレブンのがちがちに硬い、そしてそれが魅力のかりんとう饅頭を急遽食べながら一直線に帰宅する。
 このところだいぶ気温が上がってきた。距離が伸びなくなってきた。






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